【桜】

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今年も隣の空き家の桜が 見事な花を咲かせている。 桜といえば、花の色は優しい薄紅。 それがいわゆる 桜色とよばれる色だろう。 ほのかな温もりを宿しているようにさえ見える桜色の花。 去年の春にこの桜が咲かせたのは、そんな普通の桜色の花だった。 だが、 今年のこの花色は… 隣家が空き家になったのは、 確か7年前。 老いた夫婦が住んでいた。 私の仕事部屋からは、 隣家の入り口と桜の植わっている中庭を、ちょうど見下ろすことができる。 当時からあの桜はたいそうな大木だったが、花を咲かせているところを見たことはなかった。 幹に洞のある随分な老木だったので、花を咲かせる樹勢ももうないのだろうということだった。 かといって切り倒すには大き過ぎるし、夏ともなれば葉だけは律儀に茂らせるので 縁側に心地よい木陰を提供してくるからと、老夫婦はこの桜を大切にしていた。 その老夫婦も、 片方が他界し、残ったほうは都会の息子夫婦に引き取られ、今や生死のほどもわからない。 だが、 住む者がいなくなった次の年の春、桜は花を咲かせた。 灰色と黒と薄茶色のだんだら模様の太い幹に、零れんばかりに咲かせた。 住む者もいなくなった古い家の庭で かつての住人を呼んでいるのか偲んでいるのか。 それから毎年、その桜は薄紅の花を咲かせるようになった。 しかし、今年の春この桜の花は、真っ白なのだ。
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