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「何者だ!」  どたどたと、みっともない足音を響かせて、侍が二人、駆けてくる。  しくじった。  襖を開けっぱなしにしてあったのを、見咎められてしまったらしい。  別に、無精をしたわけじゃないのよ。  逃げ道を、確保して置いただけのこと。  いざという時、襖の開け閉てに時を食ってはいられないもの。  だけど、見つかってしまっては仕方がない。  あたしは素早く物陰に身を潜めると、「にゃあ」と、鳴いた。 「……なんだ、猫か」 「いやいや、猫はまずいだろう」 「そ、そうだな――」  二人は、怯えたように辺りを見回すと顔を見合わせ、よく探しもせずにぴったりと襖を閉めてしまった。  ちょろいものね。  このお屋敷ではあれ以来、猫は禁忌なのよ。 「一応、浅茅様にご報告して置いた方が良いかな」  そう、そう。その女の所へ、案内しなさいよ。 「いや、しかし、却ってお怒りを買わないだろうか」 「そ、そうだな――」  なんなのよ。侍ったって、てんで()(こし)が無いんだから。 「その方等、かような所で一体何をしておる」 「はっ。そっそれがその……」 「実は御用人様、この中から猫の鳴き声が聞こえたような、聞こえなかったような――」 「馬鹿者っ! 左様な世迷い言を申すではない。これ以上おかしな風聞を広めるのならば、即刻手打ちに致す!!」 「ははあっ」 「も、申し訳もござりませぬ――」 「もう良い。行け!」  二人が逃げるように立ち去った後もしばらく磯谷は、部屋の前に立ち尽くしていたけれど、とうとう襖に手をかけることはしなかった。  こいつよ。  こいつが、おゆきちゃんのことを……っ!  あたしは、今すぐ八つ裂きにしてやりたい気持ちを、辛うじて抑え込んだ。  浅茅の所へは、この磯谷が案内してくれるだろう。殿様はなんにもご存じないけれど、磯谷と浅茅は、ずうっと昔からできているんだから。  襖は、苦も無く開けることができた。油でも流したように滑りがいい。そこは、さすがはお大名よね。裏長屋の油障子なんかとは、立て付けが違うっての。  あたしは夜の闇に紛れ、足音を忍ばせて、磯谷の後をついていった。  姉妹なのに。おゆきちゃんはあんなにも白くて綺麗だったのに、どうしてあたしはこんなに真っ黒なんだろう。
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