11人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「何者だ!」
どたどたと、みっともない足音を響かせて、侍が二人、駆けてくる。
しくじった。
襖を開けっぱなしにしてあったのを、見咎められてしまったらしい。
別に、無精をしたわけじゃないのよ。
逃げ道を、確保して置いただけのこと。
いざという時、襖の開け閉てに時を食ってはいられないもの。
だけど、見つかってしまっては仕方がない。
あたしは素早く物陰に身を潜めると、「にゃあ」と、鳴いた。
「……なんだ、猫か」
「いやいや、猫はまずいだろう」
「そ、そうだな――」
二人は、怯えたように辺りを見回すと顔を見合わせ、よく探しもせずにぴったりと襖を閉めてしまった。
ちょろいものね。
このお屋敷ではあれ以来、猫は禁忌なのよ。
「一応、浅茅様にご報告して置いた方が良いかな」
そう、そう。その女の所へ、案内しなさいよ。
「いや、しかし、却ってお怒りを買わないだろうか」
「そ、そうだな――」
なんなのよ。侍ったって、てんで尻っ腰が無いんだから。
「その方等、かような所で一体何をしておる」
「はっ。そっそれがその……」
「実は御用人様、この中から猫の鳴き声が聞こえたような、聞こえなかったような――」
「馬鹿者っ! 左様な世迷い言を申すではない。これ以上おかしな風聞を広めるのならば、即刻手打ちに致す!!」
「ははあっ」
「も、申し訳もござりませぬ――」
「もう良い。行け!」
二人が逃げるように立ち去った後もしばらく磯谷は、部屋の前に立ち尽くしていたけれど、とうとう襖に手をかけることはしなかった。
こいつよ。
こいつが、おゆきちゃんのことを……っ!
あたしは、今すぐ八つ裂きにしてやりたい気持ちを、辛うじて抑え込んだ。
浅茅の所へは、この磯谷が案内してくれるだろう。殿様はなんにもご存じないけれど、磯谷と浅茅は、ずうっと昔からできているんだから。
襖は、苦も無く開けることができた。油でも流したように滑りがいい。そこは、さすがはお大名よね。裏長屋の油障子なんかとは、立て付けが違うっての。
あたしは夜の闇に紛れ、足音を忍ばせて、磯谷の後をついていった。
姉妹なのに。おゆきちゃんはあんなにも白くて綺麗だったのに、どうしてあたしはこんなに真っ黒なんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!