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「何するの?! 助けて、助けて、いやぁ――っ」  いつものようにお屋敷に忍び込むなり、甲高いおゆきちゃんの悲鳴が聞こえてきて、あたしは駆けに駆けた。人の目を避けて影から影へと走るのが、あたしは大の得意なのよ。  いつもの座敷に、おゆきちゃんはいなかった。  お庭の方で大勢の人間が、声高に騒いでいる。  なんてこと。  おゆきちゃんは頭陀袋(ずだぶくろ)に押し込められて、地面に転がされているのだった。 「一体どうしたの、おゆきちゃん?!」 「ああ、おすみちゃん、どうしよう。若様が、殺されてしまったのよ。あたしもじきに、殺されちまう。若様を殺したのは、あたしだ――て」 「どういうこと?」 「若様はね、国元にいる側室が産んだ子なの。正妻の浅茅には三人のお子があるけれど、みんな姫様なのよ。国元で生まれた若様は、無事に三つにおなりになって、この春お上に嫡子のお届けをして江戸へ来たんだわ」  お大名の跡取りは、江戸に住まなきゃいけないと決められているのだそうな。 「お武家のしきたりだから、浅茅も、さすがにそれに異を唱えることは出来ないのだけれど、側室が江戸屋敷に入ることだけは、頑として受け付けなかった。だから、若様は、たった一人で見も知らぬ江戸へやって来なけりゃならなかったの。それで、その寂しさを紛らわすために、あたしを可愛がってくださったのよ」  実の母親から引き離された若君は、表向きは正妻の子という形で、江戸屋敷で養育される。  大切な跡取りである上に、利発で可愛らしかった若君は、お屋敷中の誰からもちやほやされた。自分の三人の娘達までもが、まだ小さな弟と、そこにいる真っ白でふわふわとした生き物に夢中になって、浅茅は恨み骨髄に徹したらしい。 「だって、あの女、猫が大嫌いだったのよ」  丁度午睡の時間で、沢山いる腰元達も別室に下げられており、見ている人間はいなかった。  そう、人間はね。 「あたしは見たわ。あの女が若様の喉に、懐剣を突き立てるのを! あたし、なんとか若様を助けなきゃって思って、声を限りに啼いて、あの女の顔をバリバリとひっかいてやった。でも……それがかえってまずかったのね」  真っ先に駆け付けて来た用人の磯谷は、花入れから剣山を取って若様の喉を傷つけて、化け猫が出たと騒ぎ立て、遅れてやって来た大勢の人間達におゆきちゃんは捕らえられてしまったのだ。
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