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おゆきちゃんの話を聞く間もずっと、あたしは必死に頭陀袋の紐を噛み続けていた。
それは結構きわどい作業だったのだけど、幸い人間達の目は、亡くなられた小さな若様のほうに集中していた。
「どこだ、化け猫は! 儂が手ずから成敗してくれる!!」
日頃は温厚な殿様の目が、血走っている。
「どうして、どうして、どうしてあんな女の言葉を信じるの。あたしのほうが、ずっとずっと若様のことを――っ」
「黙って、おゆきちゃん。逃げるのよ!」
ついに紐が切れたのだ。
真っ白い鞠のように、おゆきちゃんが転げ出す。
「逃げる! 化け猫が逃げるぞっ!!」
わっと人間達が怒号をあげて追ってくる。
「こっちよ。あの木を伝えば、外に出られる」
あたしはいつも、そこからお屋敷に出入りをしていた。
「さあ、早く!」
あたしは身軽く跳躍した。おゆきちゃんも当然、後に続くものと思って振り返る。
「みゃゃぁぁぁ――――っ」
青空に、血が飛沫いた。
「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない。あんな小さな、お可哀想な若様を――」
雪白の毛皮が真っ赤に染まり、ぼとりと地べたに落ちた。
「おゆきちゃん――っ!」
ギャア――っと怨嗟の声を吐き出したけれど、ぎらぎらと光る刀に追い立てられて、屋敷の外へと逃げ出すより他なかった。
だって、もうおゆきちゃんは、戻らない。
あたしには、何も出来ない。
烏や、野良犬や、猫釣りや――そんな数多の危険をかいくぐり、たったの二匹生き延びた姉妹だったのに。
※猫釣りとは、三味線の胴を張る皮を取るため、猫を捕らえる職業です。
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