_序:

3/10

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
 その夢はいつのことだったのだろう。夕焼けに映える、肩までの短い赤い髪の娘。  閉じた目に焼き付く姿が、誰のことかも今はわからない。その頃から彼は、こうなることはわかっていた。 ――また、何処かに出かけるの? ――うん。いつ帰るかは、わからない。  おぼろげではあったが、自分がもう長くないと、彼はその時感じていた。  家族だけがそれを知っていて、彼を助けようと必死だった。けれど当の彼は、生きることに執着する気は全くなかった。 ――だって、俺は……――だから……。  最早何も、覚えてはいない。家族のことも、咎人らしき彼の事情も。  これで良かったのだと、安堵している自分しか彼にはわからない。    このまま消えていけばいい。こうして何かを思う自分すら、その内無くなっていくのだろう。  自然とそう思うくらいに、全てが曖昧だった。今まで彼を突き動かしていた、よくわからない常なる焦りが、微塵もなくなっている。  それは初めて感じた、安らぎというものかもしれなかった。  もしもそこで、気ままな誰かの、有り得ない邪魔が入らなければ――
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加