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その夢はいつのことだったのだろう。夕焼けに映える、肩までの短い赤い髪の娘。
閉じた目に焼き付く姿が、誰のことかも今はわからない。その頃から彼は、こうなることはわかっていた。
――また、何処かに出かけるの?
――うん。いつ帰るかは、わからない。
おぼろげではあったが、自分がもう長くないと、彼はその時感じていた。
家族だけがそれを知っていて、彼を助けようと必死だった。けれど当の彼は、生きることに執着する気は全くなかった。
――だって、俺は……――だから……。
最早何も、覚えてはいない。家族のことも、咎人らしき彼の事情も。
これで良かったのだと、安堵している自分しか彼にはわからない。
このまま消えていけばいい。こうして何かを思う自分すら、その内無くなっていくのだろう。
自然とそう思うくらいに、全てが曖昧だった。今まで彼を突き動かしていた、よくわからない常なる焦りが、微塵もなくなっている。
それは初めて感じた、安らぎというものかもしれなかった。
もしもそこで、気ままな誰かの、有り得ない邪魔が入らなければ――
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