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ちょっと待て、と彼は改めて思った。
天国について、内実を聞き返されたこともそうだ。よくわからないまま喚いた彼に、そんなに真剣に悩まれると彼も戸惑う。
十秒程して顔を上げた自称死神は、理解できないという表情ながら、彼をわりと真面目に見つめて言った。
「酒が飲みたいなら、買ってくるけど?」
「いらない。って、売ってるのかよ」
この何もない森の何処に、と即座に思ったが、次の答にさらに腰が抜けそうになった。
「女が欲しいなら、さらってくる?」
「――やめてくれ。そういうんじゃない」
違うの? と自称死神が、最初のようににやりと、あくどい顔付きで首を傾げた。
それにしても、天国の定義をここで争ったところで、本当に何の意味もない。
ここが何処であれ、彼は目前の青年に連れ込まれたのだ。最早すっかり、どうして良いか、状況がわからなくなった。
混乱して黙り込んだ彼を憐れむように、死神がやっと、核心をつく話を始めた。
「お前、自分の記憶はもうないくせに、変な常識は残ってるんだねぇ」
「――え」
彼は自分が何者か、全くわかっていない。
それを最初から、この意地悪な青年はわかっていたらしい。
「言葉も喋れるし、体も動かせてるみたいだし。これならまあ、及第点かな」
何やら一人で、ぶつぶつ言いながら納得している。その姿には嫌な予感しかしない。
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