_序:

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 何か悪いことを言われる前に、喋らなければいけない。彼は空しい抵抗に出た。 「……アンタは何で、俺をここに?」  ここがあくまで、天の国だと仮定した場合、目前の青年はきっと聖なる生き物だ。その気高き天上の鳥の気配は、無きにしもあらず、と彼には感じられた。  気配とは何だっただろう。聖なる鳥とはこれいかに。自分で思いながら、彼は頭をひねる。  自称死神が言った通り、これまでの記憶がないわりに、彼の中には妙な知性だけがある。  本当に何も覚えていなければ、会話もできないし、生まれたての赤子のようになるはずだろう。それを指して自称死神も、及第点だの何だのと言っているのだ。  だから何故、彼はそんなことがわかるのだろう。今この思考は、何処から生まれているのだろう。  彼の質問の後に、自称死神がふむ、としばらく答を考えているので、そうした余計なことを思わずにはいられなかった。  沈黙が一分以上続いた後に、無表情だった死神が、顔を上げて平和そうに彼の目を見た。 「――うん。お前、オレと一緒に、天国を守らない?」  彼はおよそ、脊髄反射と思える早さで答を返していた。 「嫌だ。こんな何もないところ」  何がそんなに拒否感をもたらしかのかも、今は全く断言できない。  即答した彼に、自称死神は意外そうに、じわりと形容しがたい笑みを浮かべた。
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