_序:

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 思わず一人で動揺した彼を見透かすように、死神が冷たい声色で話し始めた。 「オレの話を断るなら、お前はこれから、一人でどうするの?」  彼に全く、生きていく当てはない。人気の全く感じられない、この謎の場所を動き回ったところで、目前の相手以外に話せる者もなさそうだった。 「自分が誰か、ここが何処かもわからないで……お前は何をしたいのさ?」  彼は何も、答えられない。死神は最初から、わかって尋ねているとしか思えなかった。 「それともお前は――帰りたいの?」  帰りたいかときかれれば、帰りたかった。それも誘導尋問に思えて、頷くことができなかった。  まずもって、何処に帰りたいかもわからないのに、帰れるわけもない。  何を答えても、この死神の思うつぼだと何となくわかった。おそらくここに連れてこられた時点で、彼の運命は決まっているのだ。  白く細い三日月の下で、自称死神がにたりと微笑む。その左背には一瞬、悪魔のような翼が何枚もはためいて見えた。  それだけで彼は、直観していた。この天国にはもう、天上の鳥など存在しないと。  ただこの死神――青闇の髪で蒼い目の悪魔が、聖なる鳥達の夢の跡地に、とり憑いているだけなのだと……。
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