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 この世の天国。そんな台詞を、彼は二度ほど口にしたことがある。  冷たい路上に倒れている、誰だかわからない者が見る夢が、もしも彼の過去であるなら。   「うわ、やっべー! スーファミからVRまで何でも遊べるって、何だよこの天国!?」  まるで意味がわからなかった。謎の歓声をあげたのは、確かに彼と同じ声であるのに。  はしゃぐ声の彼に、白衣の何者かの黒一色の眼差しが、呆れたように向けられていた。 「おまえが帰ってきた時のために、アヤが一々揃えたんだ。あいつ完璧主義だから、ウィンドウズまで98から全部揃ってるぞ」  その部屋にはうねうねと黒いコードが大量に這い、壁という壁を縦型の棚が埋め尽くしている。  様々な機器がその棚に詰め込まれ、棚と棚の間には絶妙な配置で、机や椅子が所狭しといくつも置いてあった。 「うわああ、何個モニターあるんだよ、この部屋ー! とりあえずテレビ、見れんのどれ!?」 「ほざけ、誰が使わせると言った。その前にさっさと、アヤを迎えに行ってこい」  えー、と心から困った声を出す、それでも軽い口調のままの彼。その彼には、迎えに行けと言われた少女に会えない事情があった。  それが何だったのか、思い出せない。そもそもこの妙に陽気な彼は、本当に「彼」だっただろうか。  その同じ少女を巡って、他の時にも天国という言葉を、彼は確か口走っていた。 「うわあ、鴉夜(あや)さん、美人過ぎっス! 一緒に芝居できるなん天国っス!」  今度の内容は今の彼も理解できた。しかしどちらも、大きな意味があるとは思えなかった。
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