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 死神がぴくりとも動かないので、彼は黙って壁際に座る。  起きるのを待ってみようと思い、目の離せないほど整った容姿を改めて見つめる。  身長は彼と大きく変わらず、男にしては華奢な体と、薄く小さい唇が中性的だ。色気という意味ではない方で、飄々とした雰囲気が童顔さを隠している。  昨日のように歪んだ笑顔を見せられると、嫌味な男にしか見えない。けれどもし、柔らかな微笑みを浮かべられたら、天女と呼べる神聖さが漂いそうに思えた。勿論彼には、天女が何かもわかっていないが。  死神の微かに開いた悩ましい口元に、真っ白な牙がのぞくことに、ふっと彼は気が付いていた。 「……毒でもあるのかな、あれ」  蛇を彷彿とさせるほどに、それは鋭かった。  それにしても、蛇が牙から毒を注入するなど、誰が今の彼に教えたのだろう。  飽きるほどに死神を観ていたら、徐々にぽかぽかと空気が温まってきた。  彼は日の出の時刻に起きたはずなのに、早くも太陽が南中している。昨夜倒れたのも日の入りからそう遠くない頃なので、その前から寝ていた死神はもう半日以上眠りこけていた。 「……ここを守ってるんじゃ、なかったのか」  いつまでたっても、目覚める気配が見られない。まずもって、起きようという意志が皆無に思えた。  ごくたまに寝返りをうつだけで、体が痛くならないのかが心配になる。  かくいう彼は、昨日ほどの理不尽な脱力感はないものの、座り続けていると得体の知れない悪心が込み上げてきていた。
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