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 陽を閉ざす深い森でありながら、山のような傾斜がほとんどなく、石の道が各所に敷かれた人工的な自然。  理由は単純なのだろう。集落から森の果てには、行ってはいけなかったのだ。この森は天国から出ようとする者を止めるために、天国を囲んで造られたものなのだとわかった。 「……本当に天国、か……これ……」  彼はもう、嗤うしかなかった。  やっと光が見えてきた森の出口で、彼を待っていたものは、巨大な石柱の柵ごしに見える大空。  海を臨む崖っぷちのように、「天国」を載せる地面の終わりがそこにはあった。 「ここ……空に、浮いてる……?」  最果ての縁らしい石柱の間から、下を見ると雲海が広がっていた。  地面一つ見えない、その真っ白な海を見た途端に――  彼の脳裏を、おそらく記憶の欠片といえる光景が、唐突によぎっていった。 ――……ごめん、なさい……。  急に両手と、両の目頭が熱くなった。  じわりと溢れる涙のせいか、視界もおかしくなってしまった。夕陽を受ける彼の両手が真っ赤になって、そこから拭えない咎が広がっていく。  これと同じことが、つい最近にあった。  彼は重い全身を引きずりながら、今と同様に雲を見下ろして、抑え続けた最期の言葉を絞り出したのだ。 ――俺は……ヒト殺し、だから……――  そこで断末の摩は途切れ、気が付けば、真っ白になった彼がここにいた。  それ以前のことは結局思い出せないが、彼がどうしたかったかは、理解できた気がした。  呼吸を止める彼は、赦されることのない咎人。両手を真っ赤な血に染めたヒト殺しだ。  だから空に還ろうとした。そうなるように、どこかで身を投げたはずだったのに。
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