_1:

10/10
前へ
/90ページ
次へ
 呆然と空を見つめる彼に、聞こえてきたのは、愕然としたある少女の声だった。 ――……アナタは……殺して、しまうの……?  この少女の名前だけはわかった。今朝方の天国の夢で出てきて、彼もその名を口にした「アヤ」だ。  全身の力が抜けたように、熱を失っている少女の声色。  それは当然のことなのだろう。何故ならそれが、「アヤ」の最後の言葉だった。  黒ずくめの姿をする少女の柔らかな腹背を、ヒト殺しの彼が無情に貫いた。そこで彼の物語も、終わりを告げるはずだったのだ。 「……何で、俺……ここに、いるんだ……」  怒涛のように思い起こされた、とても限定的な記憶。  けれどそれで十分だった。彼がここにいるべきではない――消えなくてはいけない理由は、痛いほどわかった。  どうせ最初から、「天国を出る」ことが目的だったのだ。  何も迷うことはなかった。少し前もそうしたように、彼は、天空を往く何かの境界線をあっさりと踏み越えた。  もう一度、今度こそ、消えることができたらいい。広い空の片隅で、塵にでもなればいい。  それがヒト殺しにふさわしい末路だろう。そこには疑う余地など何もなかった。  石柱の間に昇った彼は、光を失った両目を硬く閉じて、夕陽に赤く染まる雲へと遠慮なく飛び立ったのだった。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加