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大空を往く船から落ちた彼を、誰も助けには来られなかった。船上はまだまだ戦いの嵐で、彼一人の終わりなど戦況を動かしはしない。
それは「神」と「悪魔」が、互いに仕掛けた頂上戦だった。彼が過去に関わった事変のこじれも交え、ある程度双方の事情を知り得た彼は、ずっと健在でいれば歪みのいくつかは解けたのかもしれない。化け猫達が彼を助けようとしたのは、この頂上戦前に彼が眠りについてしまったからだ。
まだ目も醒め切らぬまま、大空に連れて来られて。落ちていく彼の器は、侵されていく――憎悪と呼べるある者の鼓動と、生け贄の少女の黒い翼に。彼という心は何も感じなくなり、空の色も忘れて闇に沈められる。
もしもそこで、彼が何者でもないヒト殺しだったのならば。平和な地上にいた間に、彼と同じく「神」に囚われたものに出会っていなければ。
そのあだ花の視た夢が、彼を今更埋めなければ、彼はここから「天国」への梯子を知ることはなかっただろう。
雨上がりの雲の隙間から、零れる光のように差し出された手。作り物の器に宿る、堕天使という悪魔が囁く。
おそらくそれは、彼の家だった所の小さな縁側で。
「……持っていて。君がどうなっても、『シグレ』くんを残すために」
彼がずっと、腕輪にしている携帯武器に、突然やってきた堕天使は余計な小玉を填めた。狐火玉というらしい形見は、光芒の堕天使が体現する「天気雨」の「力」だという。
その時の彼は眠っていた。だからどうして、見知らぬ堕天使がそんなことをするのかがわからなかった。
堕天使はただ、彼の養母のためだと言う。養母をずっと以前から守り続け、養母と同じく、過去や未来を夢に視るという堕天使は――
――どうして……!? わかってるなら、変えなきゃ……!!
彼にも観えた堕天使の夢。それは果たして、空に消える彼の走馬灯の一つだったのだろうか。
――ここから出して! こんな未来は、望んじゃいけなかった……!
彼と同じように、闇に閉じ込められてしまった「天気雨」。世界を照らす陽の光と、曇らせる天の涙を併せた「力」。
それは水と火を併せ持つ彼と似た、重い矛盾の堕天使が示す「天国」への岐路だ。たとえその先の世界が彼を救わず、有り得ない夢のあだ花であるとしても。
「でないと……あの子が……」
黒い翼に意識が沈む、彼には観えることはない。
あるのは胸を焼く赤い憎悪と、彼の身を呑み込んだ青い炎――
-please turn over-
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