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浅い林に逃げ込んだ何かの後から、道のない木々の中に入る。
塔のある中心地と、他の集落を分ける境界のような林地だ。どの方角に向かっているかわからないが、しばらく行くと先程まであれほど辛かった呼吸が、突然楽になった。
「……?」
ひらりひらりと、暗闇を舞うように逃げる何かに、それで追いつくことができた。
着いた先は、彼が今日、塔に行くまでに通ったはずの場所だ。つまり彼は、元の場所に戻る方向に走っていたらしい。
一つぽつんと、明るい星が夜空に見えるので、北に向かっていたのだとわかる。
その妙な知識も、出所はペンダントなのか、それとも――
林を抜けてから、廃墟の路地裏に追い詰められた者の考えたことなのか、今回はわからなかった。
袋小路に入った黒い何かは、石の壁を背にする、黒い上着とスカートの少女だった。
「あんた……『アヤ』……?」
「…………」
鎖骨までのまっすぐな髪も、鋭い端正な目も、どちらも鴉のように真っ黒だ。その姿は天国の夢に出てきたイメージと同じで、そして彼が、天国を飛び立とうとした時に思い出したこと……彼に無情に殺されたはずの、黒ずくめの少女だった。
黒ずくめの少女は無表情に黙りこくり、彼を物であるようかのように見つめている。
彼は彼で、黒ずくめの少女がいる理由を思って体が固まる。
ここはやはり、天国なのか――だから、殺したはずの少女がいるのだろうかと。
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