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祖父母の家
満月が夜道を照らしてくれる。街灯があるので月明かりが無くても大丈夫だが、朧月の柔らかい光が疲れた身体と心を優しく包んでくれるのが嬉しい。
寝静まる住宅街を私は独り歩き続けた。
最後の曲がり角にさしかかると、犬の鳴き声が聞こえた。最近は室内で飼う家が増え、この辺りで犬の声を聞いていなかった。
私は祖父の家で飼われていたシロを思い出したが、当然その声であるはずがない。
そんな事を考えながら角を曲がると違和感を覚えた。いつもと何かが違う。
その理由は直ぐに解った、空き地が無くなっている。
三軒目が祖父母の家で、そこが歯抜けのようになっていたのに、今は家が建っている。
そんな……
私は我が眼を疑い、思わず駆け出した。
そこにあったのは、紛れもなく取り壊したはずの祖父母の家だ。
「ワンッ、ワンッ」
ふわふわの毛をした白いミックス犬が、前庭で嬉しそうに尾を振っている。
「シロ……」
思わず開いたままの門を通り抜け犬に近付く。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ」
更に犬は嬉しそうに尾を振りながら後ろ脚で立ち上がり、私に飛びついてきた。
ふわふわの感触がする、間違いなくシロだ。
「シロッ、どうして……」
理由は解らないがどうでもいい、これは間違いなくシロだ。こうして再び頭をなでる事が出来た。白内障で見えにくい眼が、更に霞んだ。
「シロ、また会えたね……」
「おう、いらっしゃい」
今度は懐かしい声がした、顔を見なくても誰だか判る。
「おじいちゃん……」
祖父が微笑んでいる。
「どうした? 何か辛い事でもあったかい?」
「ううん、何でも無い。それよりおばあちゃんは?」
「台所で夕飯のご馳走を作っている」
「そう」
私はシロの頭をもう一度なでて、祖父に続いて家の中に入った。
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