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玄関に入ると、そこは以前のままだった。下駄箱の上に置かれた、祖母がタバコの箱で作った傘が入ったガラスケース。二階へ続く階段、洗面台、部屋へ続くドアと台所へ続くドア。
私は祖父に続き台所に入った、焼き魚のいい匂いがする。
「いらっしゃい」
祖母もいつもの笑顔で迎えてくれた。
「もうすぐ出来るから、待っててね」
祖母に言われ、私は祖父と茶の間に移動した。茶の間と言っても、実際は隣の洋間との襖を取り払っているのでかなり広い。ブラウン管のテレビや祖母のオルガンなどがあり、ここも当時のままだ。
「観たい番組あるけ?」
「ううん、いいよ。それより、おじいちゃんと話しがしたい」
テレビを点けようとする祖父を止めたものの、何から話し始めれば良いか判らない。
「お父さんとお母さんは、どうしてる?」
祖父の方から話しかけてくれた。
「家でも犬を飼って、親父は毎日二時間ぐらい散歩をしているよ。お袋は相変わらずかな」
「そうけぇ」
祖父は満足そうに頷いた。
「ご飯、出来たよー」
祖母に呼ばれ再び台所へ行くと、テーブルには焼き魚の他にサラダも用意され、わたしの好きなシジミ汁もあった。
「いただきます」
懐かしい祖母の味がした。
「おいしい」
「いっぱいお食べ」
嬉しそうに言う祖母の言葉に甘え、ダイエットも忘れてご飯をお代わりした。
「ごちそうさま。おばあちゃん、洗い物手伝うよ」
子供の頃はしなかった事をしようと思った。
「おばあちゃんが、やるからいいよ。それより、泊まっていく? お風呂は沸いているよ」
祖母の提案に心が揺らいだ。
この居心地の良い空間にずっと居たかった。あの頃と変わらない場所、変わらない人たち、代わらない温もり。
「ううん、帰る」
甘えていたい。でも、甘えていてはいけない。それだけは間違いない。
「そうかい」
二人が微笑んだ。
「ゴメン……」
「謝らんでもいいよ、今まで忘れないでいてくれたんだから」
「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん。おれ、本当に情けないけど、まだ頑張るから」
「頑張りすぎるなよ。パンクしちゃ、元も子もないから」
「おじいちゃん……」
「達者でね」
「おばあちゃん……」
私は二人を抱きしめて、子供のように泣いた。
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