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「いつもバスなのに、どうしたの?」
「今月から電車にしたんだ」
明貴がバス通学だったのは、南高の制服を着た自分が一緒だと夏海が落ちこむかもしれないと、気を使ったからだ。そのことは澪しか知らない。
この春、澪は明貴に「もう夏海は大丈夫だから一緒に電車通学しよう」とメッセージを送った。
このままだと、きっと彼は卒業するまでバス通学だ。そんなむくわれない気遣いが、かわいそうで黙っていられなかった。同じ高校に行けないなら、せめて同じ電車で通わせてあげたいと思ったのだ。
「ねえ、澪」
夏海につられて明貴が視線を動かす。やっと存在に気がついたかのように澪を見る。
「明日から三人で電車乗っていこ」
屈託ない笑顔の夏海と明貴。
「うん」
澪はにっこり笑ってうなずいた。
明貴は自分が澪に頼んだことの残酷さを知らない。
今も彼の心には夏海と一緒に通学できるうれしさしかなくて、そこに澪のことを思いやる余地はなさそうだ。
澪は心の奥の箱に、泣きそうな想いをしまい続けてきた。消えてなくなればいいと思っているのに、今もそれは箱の中で暴れている。
明貴が夏海への想いを捨てない限り、澪のこの想いも消えないのかもしれない。
今度は私がバス通学かな──澪は楽しそうな二人にさりげなく背を向け、そっと目じりの涙をぬぐった。
(おわり)
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