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──こうなることは、朝霧も分かっていたのよ。けれども妓楼にお金を入れてはなの……胡蝶に幸せを見てもらうために、この選択をした。だって、朝霧にとって胡蝶は希望そのものだったからね。
清花はそう語った。手紙も妓楼を出る前に書かれたものらしい。それを水揚げなどの大きな節目が胡蝶に訪れる度に渡すよう、清花に頼んでいたとか。よく考えたものである。
「……あさき」
あさきは一瞬、他の誰かがこの部屋にいるのかと思った。けれど違う。声を発したのは胡蝶だった。
「は、はい。胡蝶姐さま」
頭が混乱して、上手く言葉を紡げない。ああ、この後何て言おう?
そんなことを考えている間に、振り返ってあさきの方を見た。痩せこけた頬に、未だに残る痣の跡。とても痛ましい姿で、あさきの瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
「あのね、あさき。お願いがあるの」
「なんでしょう?」
あさきがそう言うと、胡蝶はゆっくりと立ち上がって、窓辺に立った。にっこりと笑う。
「ごめんなさいって、みんなに伝えて」
──もう、耐えられないの。
胡蝶はゆっくりと体を傾け、手を月へと伸ばす。やっと分かった。この地獄で、幸せは月のようなものだったのだ。美しいけれども、決して手に入れられない。そんなもの。
あさきの悲鳴を聞きながら、胡蝶は満足げに目を閉じて、静かに落ちていった。
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