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 太陽がゆっくりと沈み、空が黒く染まる頃。多くの街が眠りにつく中、ひときわ輝きを増す街があった。  吉原と呼ばれる街だ。  そこは女が色を売る街。男が一時の快楽を求めて女を買う街。欲望が蠢く夜の街──。  女たちは望んで色を売るわけではない。口減らしや借金の肩代わりなどが主な理由だった。  毎晩男に抱かれてくたくたになり、けれどもそれほど長い時間休めるわけでもない。少しでも失敗したら折檻。しかも死の危険性も高く、年季が明けても借金は残るし、誰かの妻になることも難しい。  例え誰かに身請けされたとしても、身請けするのは大体金持ち。そのため、外では元遊女ということで蔑まれることになる。  一度足を踏み入れれば、当たり前の幸せを掴めることはほとんどない。  まさに女の地獄。  けれども、光がないわけではなかった。  ある日のことだった。一人の少女が吉原に足を踏み入れた。名ははなの(・・・)。数えで五つの、どこにでもいるような普通の幼女だった。  ただ、このはなの、他よりちょっとばかし素直で、夢見がちな性格であった。  ──あなたは、これから素晴らしいところへ行くのよ。そこに行けば毎日白いおまんま(・・・・)が食べれて、綺麗な着物も着れるわ。  はなのを送り出した時の、母の言葉である。彼女はこの言葉を信じてやって来た。微塵も疑うことはせずに。ここまではよくある話だ。  しかし、普通の少女なら吉原に着き、日々を過ごしていく中で、母の言葉は嘘だったと自然と悟るものである。  けれども、はなのはそうではなかった。彼女はずぅっと、この言葉を信じ続けたのである。それこそ、水揚げされるその日まで。ずっと。  さて、ここから始まるのは、はなの、源氏名を『胡蝶』という少女の、光と闇の物語である。
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