失われた記憶

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「いやー、あれは良かった」 「ほんとになあ」 「本物みたい」  興奮冷めやらぬ人々。  吐かれる息にさえ感動がこもっている。 「綺麗よね」 「あんなに青いなんて」 「光ってたよ」  明るい立体映像が作り上げられていたドームの中心に、名残惜し気な視線が注がれる。  つい数分前まで、そこにあったもの。  はるか昔、初めて目にした宇宙飛行士が”青かった”と評した、我らが地球。  そこに人間が住めていたのは、もう数えるのも馬鹿らしくなるほど前のこと。  今ではその姿を見ることさえ叶わない遠くのここで、積み上げてきた技術を存分に駆使して暮らしている。  それでも地球を見たいという願望はなくならず、満たすための手段は二つ。  本物(・・)を見られると謳った数少ない超高額なツアーに参加するか、博物館での上映を楽しむか。  大抵の人間には、後者しか選べない。 「今も忘れない」  壮年の男性が、ゆるりと首を振る。  思い出に浸る身なりの整った彼の経済事情が良いことは、誰の目にも明らかだった。 「あの時見た、本物の(・・・)地球を」  よく通るその声に、次第にざわめきが静まっていく。  続きを待つ観衆となった彼らに、男性は自身が見た地球がいかに美しく荘厳であったかという物語を話し始めた。  俺は映写機のスイッチを切って、踵を返す。  映像が今の今まで続いていたことなど、彼らは気づきもしないのだ。  そう、皆忘れている。  あの(・・)地球が、もう存在しないことを。 「どれだけ心を打たれたか」  男性の口から出るのは正に、物語(つくりばなし)だ。  積み上げた技術で望まれる(・・・・)地球を見せて資産家から金を集める、人々が生きる費用を確保するための偽物のツアー。  そこで見た、本物の(・・・)地球のお話。 「忘れられるわけがない、あれほど素晴らしい星の姿を」  忘れたフリをして、そうしていつの間にか、本当に忘れてしまったのだ。  青くも美しくもなくなって、目の前に映し出されていても分からないほど汚れた塊になったしまった、変わり果てた地球のことを。
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