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それから数日後の早朝――。
まだ、あちこちに包帯を巻いたメルウトの姿は、薄暗いナイル河畔の船着き場にあった。
昼間は賑わいを見せるこの場所も、この時間だと人気はなく、周囲は朝の静寂と心地よい冷たさの空気に包まれている……。
「ほれ、これも持って行くがいい。こいつを少量セクメトの口に含ませておけば、魂の接続に制限がかけられる。さすれば、もう二度と暴走することもないじゃろうて」
「ありがとうございます。先生には何から何までお世話をかけっぱなしで……」
〝ディディ7000〟の入った小壺をジェフティメスに手渡され、旅支度をすませたメルウトは心よりの礼を述べる。
「本当にもう行ってしまうのかいの? 傷が癒えるまでもう少しゆっくりしていけばよいのに……」
「いえ。もう身体の方はだいぶ良くなりましたし、セクメトもほぼ自己修復しましたから……それに、あまり長居をしてると、また皆さんにご迷惑をかけてしまいます。アメン神官団もまだセクメトを諦めてはいないでしょうし、ヘリオポリス神官団や市長も事件の調査に乗り出しているみたいですしね」
淋しげな表情を見せて尋ねるジェフティメスに、メルウトは包帯の残る腕を振って元気さをアピールすると、やはりどこか淋しさの漂う笑顔でそう答えた。
「ハァ…メルメルともこれでお別れかあ……淋しくなるねえ。このままずっと一緒にいられるような気がしてたのにぃ……いや、なんならもう、いっそのこと結婚してもいいと思ってるよ」
「フフフ…わたしもウベンさんの軽口が聞けなくなると思うと淋しいです」
よりいっそう馴れ馴れしい愛称で呼び、ものすごく残念そうに軽口を叩くウベンの姿に、メルウトも口元を手で覆いながら冗談を返す。
「いや俺は本気だよ? 君みたいな気だてがよくてカワイイ娘、このエジプト広しといえども他にいないからね! そうだ! 今からでも遅くない。今すぐここで結婚しよう!」
「はいはい。ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」
ウベンは自分の真剣さを主張するが、そのどうにも嘘臭い彼の言葉にメルウトは軽くあしらうだけである。
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