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結論
「こんにちは、萩さん」
「…あんたか」
卒業式の後、私はいつもの川辺に来た。
彼は相変わらず鉛筆やら筆やらを忙しなく動かしている。卒業証書が岩の裏に転がっていた。
「卒業、おめでとう」
「…あんたもだろ」
「祝うべきことなのは確かです」
早咲の桜の花びらを払い落として、彼は私の方を見た。
「…あんたは、楽しかったか?」
「はい?」
「青春」
「…そうですね。楽しかったかな」
「具体的には?」
「……勉強だの友達付き合いだの、社会で働いていく上で役立っていくのかわからないことを本業にできる暇な時代。それをあんたのスケッチを見て、あんたの気持ちをあれこれ考えてみるのは無駄ではなかったと思います」
「…」
私は遠くの大学へ行く。だから、彼には何を知られても構わなかった。私を知っていて欲しかった。
「…凛香さん」
「はい」
「俺の青春は、やっぱり憎らしかったよ」
「具体的には?」
「…青春の頃なんて、無知なくせに自立精神だけは旺盛だ。無駄に大人に逆らって、本当に大切なことは言えない」
「…」
「わかってんだ、あんたの気持ちは。それでも俺は応えられない。きっと俺に言われたことで、辛かったり悩ましかったことも少なからずあっただろ?」
「…そんな、ことは」
「あるだろう。俺は素っ気ないし、大して頭も良くないし、それに」
「…」
「…こうやってあんたを困らせちまう」
呟く様な声で彼はスケッチを破りとり、私に差し出した。
「あんたみたいに、素直になれないんだよ」
「素直、に…?」
「初めて見た時、桜が似合う可愛い女の子だと思ったよ。俺は」
「…!」
「何度でも触れたいと思った。俺のものにしてしまいたいって…でもいくらあんたが頑張っても、俺はあんたを大事に出来るほどまだ大人じゃない」
描かれた桜の下でうずくまる少女が誰か、私は知っている。
「だからせめて一時でいい。…こんな俺、忘れてくれ」
「…忘れたら、また会ってくれるんですか?」
「かもしれない」
「…確証はないのね。意地悪な人だな」
彼が、好きだ。
ただそれだけのことが、彼を想うほどに叫べない。
きっと、彼も似たようなことを想ってくれていると思う。だから、私たちは同時に口を開いた。
「あんたとは、青春を過ぎてから会いたかった」
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