その男ゼットス

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その男ゼットス

  「畜生!!……」  蹴られた真鍮(しんちゅう)製の器が音を立てて壁に当たり、闇に包まれた伽藍(がらん)で金属の音を響かせる。 「何で……こんなことに……」  涙が止まらない。  これほどまでに悔しい思いをしたのは何年振りだろうか……  朽ち果てた寺院――  自分が仕掛けた爆発に巻き込まれ、ボロボロになりながらも引き揚げるまでは、少なくとも冷静でいられたらしい。だが、落ち着いて敗北の原因を探ろうとした途端(とたん)、言いようのない悔しさが心底より込み上げてくるのがどうにも止められない。  大好きな茶を何杯飲んでも、その切歯咬牙(こうがせっし)の思いは消えることがない。 「俺さんの計画は完璧だったはずだ……」  この辺りでは珍しい銀髪は焼け(ちぢ)れ、四角い顔をはじめとする体中の殆んどが包帯で覆われた姿は痛々しく、片方のみ開かれた逆さ半月の碧眼(へきがん)に、底知れぬ憎悪を宿らせるこの男ゼットスは、年甲斐(としがい)もなく泣き喚き、取り乱す。  顔のない神像がおわす拝殿で荒れる首領の姿を、()()うの(てい)でこの寺院跡に逃げ帰った手下たちが遠巻きに、不安げな表情で見つめていたにもかかわらず、いつまでも泣きじゃくる。  こんなに泣いたのは、十の歳に母が死んだとき以来だろうか。  それでも、ゼットスは敗因を考えることは止めなかった。
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