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そう言いながらも丸く焼かれた焼き菓子を手に取るゼットス。香ばしい堅果の香りと、辺りを漂う茶の香りは絶妙に混ざり合い、それに引かれてひと齧りすると、程よい甘さと堅果の香ばしさが、すっきりした茶の味を打ち消すどころか、むしろ引き立ててくれる。
「悔しいが、美味ぇ……」
「この菓子は、西方の然る王室菓子職人の手によるものだ。私とて滅多に口にできるものではない……」
思わず呟くゼットスに、得意げな声で菓子の自慢をする[影]……
口の中に広がる菓子の残り香が消えぬうちに、ゼットスはもう一口、茶を啜る。その目の前では、姿勢を正した[影]が、頭巾の口元を覆う布の内側に茶器を入れ、軽く口にしたと思われる。
茶の効果か、あるいは菓子のおかげか、ゼットスの苛立ちは少しずつ消えていった。
ゼットスの手下が様々な想いで唾を呑み、おそらくは[影]の部下である黒覆面が見張る中、しばし両者は沈黙し、ゆっくりと、確実に相手を見ながら油断なく、茶を飲み、焼き菓子を頬張る。
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