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桐生がうんざりしながら隣の部屋の様子を窺うと、新人の甲斐山吹がきつい顔でこちらを睨んでいるのが覗き窓から見えた。線の細い体型にグレーのスーツを着込み、ショートカットにした外観は一見すると少年のようだ。
桐生はすぐさま顔を覆っていたバイザーをはずすと、手足のモーショントレーサーもはずし、シミュレーターから体を起こす。これらの機器を通して感じることの出来た、束の間の戦場の風景はもうそこにはない。
隣の部屋のドアを開けると、甲斐が黒いコートを持って待っていた。仏頂面をした彼女からそれを受け取り、上から羽織る。
桐生のように長身で黒髪の男がこれまた漆黒に染まったコートに包まれた姿は、見慣れた筈の甲斐の目から見ても十分に異様で、知らない人間なら避けて通りたくなるであろう危ういモノがあった。
「ったく何だよいいとこだったのに…」
コートの前を締めながら桐生がそんな不平を漏らすと、甲斐は呆れたように言った。
「何言ってんですか!何回コールしたと思ってるんです?」
射撃訓練だろうが、と桐生も返す。
…全く口うるさい女だ。
新人時代に教育係を任されてからというもの、見習い期間を過ぎても何かと付きまとってくるこの後輩を桐生は少々煙たく感じていた。
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