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プロローグ
そう遠くない未来
人々が電脳空間にもうひとつの世界を作り出した時代
現実と仮想の境目が
今よりも希薄になった頃の話――――
◆
「三番線、電車が参ります。白線の内側までお下がりください」
無機質なアナウンスが響く。グレーのコートに身を包んだ男は、足元をふらつかせながらゆっくりと階段を下りた。
呼吸が荒い。額には脂汗が浮いていた。頼りない足取りで進む中、向かってきた若いサラリーマンと肩がぶつかる。
「うわっと」
派手によろけたサラリーマンがこちらを睨むが、男は意に介した様子も無く正面を見据えたままふらふらと歩き続けていく。見開いた目は充血しており、焦点があっていない。男の視界に映るのは、少女の儚げな笑顔だけ。
………
…まだだ…
まだ見える…
目の前で、美しい少女が微笑む。ゆらゆらと揺れる髪。身を包んだ薄手の衣。その隙間から覗く透き通るような肌。全てが一点の穢れもない純白に染められた少女。
男はこの少女を探していた。数日の間、この少女を探し求め彷徨っていた。
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