第1章

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 ガス会社からキャッチコピーの依頼が来た。  お風呂がテーマだ。お風呂にまつわる幸せな出来事、またそれらを連想するキャッチコピーを作ってくれないか?と頼まれた。  私の仕事はコピーライター。  コピーライターと聞けば、大手広告代理店のクリエイターと呼ばれる人々を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし私はそんな大それた者ではない。フリーランスで働く、しがないコピーライターなのだ。  しかも私は何の実績もない。どこかの大手広告代理店に勤めていたという経歴もなければ、広告のコンテストで賞を取ったという経験もない。  ただ、自宅で簡単にできそうだからコピーライターを名乗り、広告のキャッチコピーを作ったりしている。  しかし、そんな私に仕事なんかあまり来るわけがない。仕事がないからと言って営業をするわけでもないし、ただライター専用のアウトソーシングに登録しているだけだ。そこから月に数件のキャッチコピーの依頼が流れてくることがある。  だが任される依頼の報酬は微々たるもの。私の銀行口座にお金が貯まることもないし、生活することでさえやっとという状態だ。  そんな折、私のメールに一件の着信が来た。  それは先ほど話に出た、ガス会社からの依頼のメールだ。  そのガス会社は一流企業の大会社。もちろんそんな会社に私は面識もない。なぜ私のところにメールが来たのか不思議である。誰かからの紹介で依頼してきたのか?それとも私のホームページを見て依頼してきたのか?どちらにしろ、これはチャンスである。  このチャンスをものにできれば、お金は入ってくるし、有名にもなれるかもしれない。  そのガス会社は、一度我が社のほうに訪問なさってください、と指示してきた。詳しい話をしたいので、と。  私は久しぶりにタンスからスーツを取り出した。もうかれこれ十数年ぶりに着るスーツである。以前勤めていた会社を辞めてからずっと着ていなかった。  ズボンを履くとウエストのホックが閉まらなかった。まあ、ベルトも閉めるし上着も着るから、ホックが閉まらないくらい、別にいいだろう。    ガス会社に訪問すると、受付嬢が私を会議室に案内していくれた。会議室の中ではガス会社のお偉いさん方々とチャラそうなおっさんが何やら会話していた。  
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