研修ときどき雨模様

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「まもなく市役所、市役所。県庁、バスターミナル方面は右階段、裁判所大塚橋方面は左階段をご利用ください」  と、そのタイミングで車内にアナウンスが響く。それと同時に、今まで真っ暗だった窓の外に明るい照明が差し込み、それと同時に駅のホームが視界に移る。  「それじゃ」  後ろの彼女にそう声をかけて、僕は開くと同時に電車を飛び出す。  大丈夫だ、まだ間に合う。  中学生のころに陸上部で鍛えた足に賭け、僕は集合場所まで全力疾走を開始する。電車から出て右側へ進み、すぐの階段を全力で駆け上る。  まってー、という声が聞こえたような気もしたが、今はそれどころではない。ギリギリ、置いて行かれるかどうかなのだ。遅刻はそれほど気にするたちではないけれど、今日待ちあわなかった場合は、どうしようもなく欠席になってしまう。それはごめんだった。 結果から言ってしまえば、僕はバスに間に合った。そして、彼女、僕に声をかけてきた女子生徒もまた、無事に間に合った。  理由は簡単で、何とかバスに間に合った僕に、担任がもう一人まだ来ていない生徒がいるけれど見ていないか、と聞いてきたのだ。そして、僕は電車で声をかけてきた彼女のことを思い出してそのことを担任に告げ、発射時刻をほんの少し遅らせて彼女を待った、というわけだった。  つまり、彼女は僕と同じクラスの生徒だったのである。全然知らなかった、というと馬鹿じゃないのかと思うかもしれないが、まだ6月の初めだ。つまりこのクラスになってから2か月。  そんな中、40人のクラスメイト全員を覚えろというほうが酷ではないだろうか。少なくとも、僕は10人ほどを覚えるのがやっとだった。人の名前を覚えるのが極端に苦手なのだから仕方がない。  そういうわけだが、僕は別に彼女に、僕のおかげで間に合ったのだ、などと恩着せがましく何かを言うことはない。それを言うのであれば、僕は母親に土下座でもしなければならなくなる。  朝出かける際、なんで起こしてくれなかったんだ、などと怒鳴った僕に、母はきっと怒り心頭だろう。帰ったら、僕の分だけ夕食がないかもしれない。  とりあえず、途中の電車で母親にどうして起きて出かけたか確認してくれなかったんだ、と恨みつらみ、心の中でぐちぐちと言っていたことは忘れよう。  とにかく、こうして僕も彼女も、無事に研修に参加することができたのである。
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