研修ときどき雨模様

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「君、バスの中で途中からずっと本読んでたでしょ。しかも酔って吐きそうになりながら。それでも読むのをやめないもんだから、てっきり我慢大会か何かだと……」  そこまで言って、再び笑い始める秋丸。完全にツボに入ったらしい。 「で、どうしてそのことを知ってるんだ?っていうか、それってずっと見てたってことだよな。……ストーカー?」 「まさか。ストーカーなわけないでしょ。自意識過剰だよ。それに君はもっと周りを意識したほうがいい。みんなが盛り上がってる中で一人本を読んでるっていうのはすごく目立つんだよ。だから、偶然気が付いた、ってだけ」 「ま、何でもいいけど」  何でもいいならどうしてストーカー扱いするんだ、と憤慨している秋丸をよそに、僕は思考の海に入り浸る。  僕は相当周りに無関心らしい。いや、今に始まったことでもないし、それに自覚もしている。けれど、こうも直接言われたのは久しぶりだ。前は、確か中学2年生の時だっけ。クラスで文化祭について話し合ってる時に…… 「ねえ、聞いてる?」  怒り口調でそう言ってくる秋丸に、僕は心外だ、という風に肩をすくめて返す。 「もちろん、聞いてないよ」 「へ…………」  鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする秋丸がおかしくて、僕は笑い声をあげる。と、顔を真っ赤にして反撃に来た。 「なによ根暗でボッチな自意識過剰野郎。人の話は最後まで聞きましょうって小学校で教わらなかった?あ、そうか、それすら聞き流して今まで生きてきたんだね。ずいぶん人生の無駄使いをしてきたみたいだけど、とりあえずその思考を矯正するために君は小学校に戻ったほうがいいと思うよ」 「その《根暗でボッチな自意識過剰野郎》っていうのは僕のこと?」 「そうよ。今の話の流れでほかに誰の名前が出てくるの?やっぱりおつむがなってないみたいだから小学生からのやり直しを提案するよ」 「……ごめん。聞いてなかったからもう一回最初から言ってもらえる?」  な……、という呆然とした顔で立ち尽くす秋丸のその顔は、空いた口がふさがらない、と表現すればいいのだろうか、そんな魂の抜け落ちたような顔をしていた。  僕が、大丈夫か、ずいぶん顔も赤いし、息も乱れてるみたいだけど、と心配すると、秋丸は頭を押さえながら、盛大な溜息をついた。
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