研修ときどき雨模様

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 まあいいや、結局そう言うだけ言って、秋丸静香は彼女と親しくしているクラスメイトの方へとかけていった。  残された僕は溜息をつきながら歩き始める。すでにクラスメイト全員が進み始めていて、僕はその最後尾を金魚のフンのようになすが儘についていった。  朝の全力疾走の疲れが残っていたのか、若干ふらつくこともあったものの、僕は無事に会場となるホールへとたどり着いた。  異様、だった。真っ白な漆喰が目に映える一方、それを覆い隠すように茂るツタ。なんともアンバランスな、不気味に思えるホールだった。  そんな中に、一人、また一人とクラスメイト達が吸い込まれていく、なんていうのは少し大げさな表現だったかもしれない。しかし、その光景は、間違いなく不快さを招くものだった。  とにかく、僕もホールの扉をくぐり、中へと足を踏み入れる。  幸いなことに僕の不吉な予感は杞憂に終わり、扉をくぐる際の僕の覚悟は水泡に帰した。  その内装は、別に特におかしいと表現するようなものではなく、白壁にシャンデリアを模した照明の淡いオレンジの光が当たって落ち着いた雰囲気を生み出し。ところどころの扉などには、美しい木目が見受けられた。  生徒たちはそんな扉の一つへと進んでいく。内装に見とれていた僕は、慌ててその後をついていった。  40分以上だろうか、他のクラスのホールへの入場、着席を待ち続けた。  すでにこの研修に何の意味があるんだろう、などと思い始めている生徒が多くいるようだ。ホール内の雰囲気は弛緩しきっていた。  と、照明が落ち、ステージ上のライトのもとに、一人の男性が姿を見せた。  若い、というのが第一印象。そして申し訳ないとは思うけれど、なにか胡散臭さがあると感じてしまった。 「ようこそ、十和田高等学校の皆様。私は東海大学、理学部生物科、人間進化学研究室教授、天野豊と申します。今日は皆様に、私たち人間とはどのような生物か。そして、人間への進化をたどるため、チンパンジーの生態から私が見出した研究成果について紹介したいと思います」  天野豊。この研修に向けてある程度学校側から説明の資料は配られており、それに目を通した限りは、この線の研究者の間ではかなり名の知られた人物らしい。  そして資料には、チンパンジーをサルと言うな、という謎の忠告があった。  どうもチンパンジーをサルと一緒にされるのが嫌いらしい。
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