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「まあ、なんでもいいじゃん」
取り繕うようにして藤野が言う。ただし、ほとんどない筋肉を見せつけながら言うことじゃない。それにしても細い体だ。無駄に筋肉質な僕とはずいぶん違う。
思えば、不思議な組み合わせだと思う。お調子者で有名な藤野、いつも一人でいる孤高の永田、そして人見知りの僕。少なくとも、同じ部活に入っていなければ、僕は特にかかわりを持たなかっただろう相手だ。それゆえに、僕はなぜ二人が生命化学部に入ったのか、それがずっと気になっていた。
もちろん、自分から尋ねられるほど、僕は人とかかわることが得意じゃない。
ところで、講義はどうだった、と藤野が場を取り持つように聞いてくる。にぎやかさが取り柄の藤野にとっては、退屈な空間だったのだろう。
「正直言って、面白くなかった。いきなりチンパンジーの鳴きまねを始めたときには、気が狂ったのかと思ったよ。それに途中から起きてられなかったし」
「ああ、確かにそうだな……まあ、面白くなかったわけじゃないんだがなぁ」
展望台の外を見ながら永田がそうつぶやく。一瞬、永田が別人のよう見えた。それは、彼の目に、普段とは違う色が見えたから。哀愁のような。
普段の強いまなざしとはかけ離れたその瞳に、眉をひそめていると、僕の視線に気が付いたのか、永田はこちらを向いて軽快に笑った。
道化のような、表情で。
「……藤野、そういえばはぐれた相手に連絡はしたのか」
その視線に耐えられなくなり、僕は藤野に話題をそらす。
あ、と手を打ちながらつぶやいた藤野が、さっそくカバンからスマホを取り出して電話をかけ始める。
電話というのは、ふつう、誰かがいるときは少し離れて距離を取ってかけるものじゃないんだろうか。そんな疑問は、携帯というものを今まで持ったことがない僕だからこその疑問なのだろうか。
慣れた手つきで画面を操作し、スマホを耳に当てて話始める。
ワンコールほどの間もなく、少し離れた僕の耳にまで怒声が響き渡った。
「おい、何してんだ藤野ぉ。こっちはこの雨の中探してやってんのに全然見つかんねぇだろうが。おい、聞いてんのか、今どこにいるんだよ」
一方的にまくしたてるその声に、若干藤野が引いていた。その顔には、しまった、という表情がありありと浮かんでいた。
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