研修ときどき雨模様

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「というわけで結局、何にも疑問を見つけられずに研修は終わってしまって……」  マグネチックスターラーの回転による高温が響く静かな部室で、僕は榊原先輩に研修の結果をそう報告する。  これでいいのか、という思いで胸がいっぱいになる。入学式の次の、実質、高校生としての初めての学校行事だったのだ。それが何も得られずに終わってしまった。  このままいくと、何も進歩することなく高校生活が終わってしまう、そんな不安を追い払うように、僕はまくしたてる。 「永田が言っていたんですよ、この研修で日常の些細な疑問、なんて見つけられるわけがない、って。もちろん僕もそう思いますし、だとしたら、この研修で一体何を求められていたんだろう、って考えると、だんだん良く分からなくなってきまして。先輩は去年の研修で何か疑問みたいなものって見つけられましたか?」  純粋な好奇心だった。いや、正確に言えば、虚栄心だった。多分先輩も、僕と同じように何も得られなかっただろうと。そして、僕は研修の真っ最中にそのことに気づけたんですよ、と。そう言いたかっただけだったのかもしれない。  だから、先輩の口から、いや、という言葉以外が発せられたとき、本当に驚いた。それこそ、一瞬心臓が止まったような気がするほどに。 「疑問……ではないかもしれない。けど、面白いとは思った」  冷蔵庫から取り出してきたブロッコリーを片手に、榊原先輩はそう言った。 「今ここでこうして生きている僕たちは、進化による生命の枝分かれのその枝の先にいるわけだ。こうして、人間という生き物として」  相槌を打つ僕の顔を一目見て、先輩は話を続ける。 「ただ、これは非常に偶発的なわけだ。生命の誕生も、人間という種の誕生も。地球という生命に最適な環境条件がそろった惑星の存在も、果ては、宇宙という、無から有が生じることも。それこそ、天文学的確率、どころじゃないんだよな。きっと、もはや確率としては0なんだ。ただし、その0のはずの確立の積み重ねが、こうして今、結果を生んでいる。そして、その証として、長い年月をかけて積み重ねられてきたDNAというものが、僕たちの中にもあるわけだ」  コーヒーをすすり、一呼吸置いたのち、再び、その途方もない旅へ思いを巡らす。
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