研修ときどき雨模様

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「で、このDNAだけど、僕たち人間のDNAの中に、他の生物のDNAが存在するってことは知ってるか?」  今度は洗剤を片手に聞いてくる。 「いや、知りません……そんなことがあるんですか?」 「ああ。まあ、ウイルスとかのだけどな。現に、そんなDNAが人間のDNAの中から見つかってる。これはウイルスが人間のDNAの一部に自信のDNAのコドンを掻き込むことで起こるんだが……ところでDNAの部分の予習はしてあるか?」  4月中旬から、半月かけて行った、勉強の先取りのことだ。実験をいろいろ試してみるにしても、何も化学と生物についてわからないまま行ったところでほとんど意味がないからだ。そのために、入部してしばらくは、ひたすら勉強の日々だった。 「はい、やりましたよ。正確に単語をすべて覚えているかといわれると微妙ですけど」 「いや、その程度でいい。で、そのウイルスやなんかのDNAを人のRNAが読み取って、DNAが作られるわけだ。つまり、そのウイルスそのものを。こうして、人間の体内で共生するウイルスというものが生じるわけだ。これによって、人間はある種の免疫を獲得するなんていう恩恵を受けるわけだ。それで、ここからが本題なんだが、要は、ウイルスが自身のDNAを人間のDNAに加えることで、人間がそのDNAを得て、少しだけ、進化するってわけだ。もちろんこの進化はものすごく昔の話だけど、もしかしたら、今、僕たちにも同じような現象が起きて、僕たちも進化してるかもしれない。そう考えると……面白いと思わないか」  先輩は、ふう、と息を吐き、やり終えたと言わんばかりに机に突っ伏した。  白い繊維状のものが浮かぶ溶液を片手に。 「あの、これは何ですか?」 「ああ、DNAだよ、ブロッコリーの」  机に伏している先輩から、くぐもった声が響いた。  キンッという軽い音が響き、ビーカーが机に置かれた。  白い繊維状の物体は、溶液の揺れに身を任せ、ゆらゆらと揺れていた。その動きによって、大きく見えたり、小さく見えたりした。  不思議な感じだった。  自分をも構成するDNAがこんなものだということに。こんな、頼りないものに、生物の元が詰まっているのかと。でも、分かる気もした。  その神秘を。その美しさを。その、面白さを。  その白色は、僕の目に、心に、くっきりと後を残した。
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