生命化学部と反省文

3/5
前へ
/143ページ
次へ
 僕の励ましに、しかしながら、藤野はいっそう青ざめた表情になり、冷汗を流していた。傍から見ていても、その緊迫が伝わってくるほどに、藤野は何かを恐れているようだった。 「あれか、次しでかしたらただじゃおかねえぞ、っていう熊岸の言葉を心配してるのなら、問題ないと思うよ。さすがにこれで怒り狂うなら僕も口添えするし……」 「いや、そうじゃなくて……」  いつになく歯切れの悪い藤野を見ていると、だんだんイライラしてくる。ムードメーカーの不調は、意外と僕に応えているのかもしれない。 「いや、……割ったのは確かに一つなんだけど……3ミリリットルのホールピペットをね……」  ホールピペットは、溶液を正確に測り取るための器具だ。駒込ピペットの正確なもののようなイメージでいいと思う。  細長いガラス管で、先端は細くなっている。そこから溶液を吸い上げて、途中にある太くなっている部分に溶液をあげていき、その上の部分にある線まで溶液を持っていって測り取る。息で吸うことによって吸い上げる場合もあるが、この部活では安全ピペッターというものを使って吸い上げている。  ゴム状のそれを、溶液を吸いあげるか、出すかの用途に応じて指で空気孔を開けたり閉じたりして使うのだ。もちろん注意は必要で、ゴムが痛まないように、安全ピペッター内にまで溶液が入ってしまわないように気を付けなければならない。  僕も一回失敗して、ゴムの中まで吸い上げてしまった。純水だったからよかったものの、強酸の溶液なんかだったら非常に危なかった。  とにかく、そのホールピペットを割った…………いや、大事なのはそこじゃない。 「なあ、今いくつのホールピペットを割ったって言った?まさかと思うけど……」 「3ミリリットルのやつ……」  今にも消えそうな声で藤野がそう言う。その声に僕は愕然とした。  ホールピペットは高い。正直、割っても基本買い足せないぐらいには。そして、測り取る溶液量が少ないホールピペットほど、生物室にある本数は少ない。具体的には、3ミリリットルのものが1本、5ミリリットルのものが3本、10、20ミリリットルのものがそれぞれ15本程度、というぐらいに。
/143ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加