青春の墓場へようこそ

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 まあ、悪いのは藤野だし、藤野がかわいそう、なんて思っているわけじゃないから、特に僕の良心が痛むこともないのだけれど。 「…………は、はぃ……」  藤野も珍しく歯切れが悪い。床を見ながら申し訳なさそうにつぶやく。  いや、もしかしたらこれも演技かもしれない。ここ最近で藤野という人間がどんな人物か、僕はある程度理解したつもりだ。  その経験則から予測するに、彼は今、きっと何も悪いことをしたと認識していない。  どうも一般人とはことなる感性を持っているらしい。  ただし、罰が下るのは当たり前。  それも、これまでと同様のこと。もはや日常と化しつつある光景を前に、僕はそっとため息をつく。  罰そのものが問題というわけではない。それ自体は、むしろ推奨すべきことだ。ただし、ここで問題になってくるのは、この罰の内容が、僕を苦しめるものであるということ。  罰の内容は、作文。ただし英語では。  つまり、英語が苦手な藤野は必然的に僕を頼るということである。  結局、作文の大半は僕のアドバイスによって成立するといっても過言ではなく、もはや僕に対する罰ゲームのようなものなのだ。  翌日、やはり藤野は僕にアドバイスを求めてきた。断っても結局折れることがわかっている僕は、仕方なく多少は藤野の作文に付き合う。ただし、横目で内容を確認したその文章はひどい出来だった。  「Hello, Mr Kumagishi.」  という言葉を見た瞬間の脱力感はそれはもう計り知れないものだった。少なくとも今後の人生で二度と経験することはないだろうと思うほどに。  もちろんすでに何回も、藤野はこんな文章を書いているのだ。しかし、その序文は決まってこれ。誰が僕の感情に文句を言えようか。  そんなこんなで僕の、それこそ死を予期させた出来事は幕を閉じた。こんな出来事はもう二度と起こらないでほしいという僕の願いとともに。  ちなみに、藤野はそれから二日間、熊岸によって課せられた英単語千語の反省文に部活の時間を費やしたのだった。  反省文を読み進める際に一つずつ増えていった藤野の眉間のしわとその後は……まあ、察してほしい。
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