第二十六章 鈴木實⑯

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粟飯原さんの、鈴木さんに対する第一印象は、ソフトな物腰だが近寄りがたい威厳がある、というものだった。実際に仕事をしてみると、大きな方向性は鈴木さんが示すものの、現場の細かいことにはほとんど口を出さない。部下としては非常にやりやすい反面、それだけ責任をもたされているという実感もあった。  毎月、何百種類もの音源がデッカ傘下のレーベルより届く。それをくまなく聴いて、海外でのヒットチャートの動き、日本人の好みなどから総合的に判断して、日本で発売するかどうかを決める。ところがヒットチャートや人々の気分はつねに動いているので、決断にも、行動に移すにも、そう時間はかけられない。  そんなとき、本来ならば稟議書を提出して役員会議に諮〈はか〉らなければならない場合でも、鈴木さんは粟飯原さんが、 「常務、これでやりますから」  と言えば、たいていOKを出した。粟飯原さんの下には、寒梅(かんばい)賢さんという、ロックが好きで、音楽については天才的なカンを持つ部下がいる。  学生運動が盛んになり、若者たちは反体制を叫んでいた。時代の趨勢はロックに移り、ローリングストーンズのレコードはキングレコードのドル箱であった。
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