第二十六章 鈴木實⑯

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 ところがそんな時代に、ソフトで美しいメロディーで一世を風靡した兄妹デュオがいた。デッカ傘下のA&Mから売り出したばかりのカーペンターズである。粟飯原さんは、彼らのデモテープを聴いて、 「しみじみ心の洗われる音楽。ヤングからおじいちゃん、おばあちゃんにまで抵抗なく受け入れられる」  と確信した。曲の邦題は、歌詞の意味を考えて、寒梅さんがつけた。粟飯原さんは、カーペンターズの売り出しに、年間の広告予算をはるかに超える額を投入することを決意し、鈴木さんにゴーサインを出させた。  キングレコードの新聞広告は、講談社と共通の予算だったので、講談社に頼んでカーペンターズの枠をとった。やると決まれば、発売日までの二週間、人々が見るもの聴くもの全てをカーペンターズに結びつけて認知させたい。国鉄の車内中吊り広告は単価が高いので、都電、都バスの全車両、運転席の後ろの誰もが目にする場所に、カーペンターズのポスターを貼る。ラジオの人気DJと一席設けて、これを放送しろとは言わないが、 「これ、誰もまだ聴いてないから。海外での発売は○月○日だから、それまでは内密に」  と言って見本盤を渡しておくと、指定した日以後に何度も流してくれる。そうやって前評判をあおっておいて、一気に発売する。リスナーの反応や売れ行きを見ながら、さらに広告媒体を変え、テレビスポットや国鉄の主要駅にポスターを貼るなどして追撃ちをかける。
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