第二十六章 鈴木實⑰

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八千代会の旅行は、昭和六十一(一九八六)年の台湾旅行に始まり、カナダ、沖縄、萩・岩国・秋芳洞、十和田と続く。  青春の日、数年間を猛訓練の中でともに過ごし、同じ釜の飯を食い、同じものを見、同じ規律の中で暮らした同期生の絆の深さは兄弟以上で、そんな友情が老境に入ると格別に大切な、かけがえのないものに感じられた。鈴木姓の二人は、兵学校時代から、「ミノル」、「ケイヤ」と、下の名前で呼び分けられている。同期生が互いを呼び合うときは「俺」「貴様」のままである。  旅行に行くと、夫人たち女性陣は、朝から晩まで話題が途切れないかのように話がはずんでいる。男性陣は皆、機嫌がいいが、それほど口数は多くない。女性陣は、 「男の人たちはあれで楽しいのかしら」  といぶかしむが、男同士では、互いの顔を見ているだけで十分に気持ちが通じ合い、それで満足だったのだ。  だがそんな時間も、それほど長くは続かなかった。はじめは皆がシャンと歩いていたのに、一人、二人とステッキを手放せない者が増えてくる。  平成三(一九九一)年夏、鈴木さんに胃癌が見つかった。初期の癌ではない。鈴木さんが意外にくよくよするのを知っていた隆子さんは、本人に告知はしないことと決めた。 「手術前に、最後の思い出を作っていらっしゃい」  という医師の勧めで、隆子さんは、 「この夏、進藤さんと山下さん、敬弥さんを誘って小豆島に行きませんか」
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