第二十六章 鈴木實⑰

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 鈴木さんの家は都営地下鉄十二号線(現・大江戸線)豊島園駅の側にあった。鈴木は隆子さんと一緒によく地下鉄に乗って二駅先の終点の光が丘へ行き、昔、陸軍成増飛行場だった光が丘公園の、滑走路の名残である南北に伸びた銀杏並木を散歩したり、ショッピングセンター内にあった映画館で映画を観たりした。鈴木さんの観る映画はたいてい、「男はつらいよ」「釣りバカ日誌」など肩の凝らない邦画で、戦争映画やラブロマンス、深刻なストーリーのものは見ようとしなかった。  光が丘に行けば、昼食はたいていピザかスパゲティである。私も何度かご相伴にあずかったが、鈴木さんも隆子さんも、どちらかといえばあっさりしたものよりもこってりと脂っぽい食べ物のほうが好きだった。昼どきで、店が混んできて少しでも並ぶ人が出てくると、鈴木さんは食事もそこそこに、 「じゃ、行こうか」 と伝票をつかんで立ち上がる。その気配り、杖が手離せないとはいえスマートな身のこなしは、かつての海軍士官時代の姿を彷彿させた。 「杖を突いて歩いていても、若い女性とすれ違うと背筋がシャンと伸びるんですよ」  と、隆子さんは愛しそうに笑った。  隆子さんには、一つだけ叶えたい願いがある。それは、一度でいいから鈴木さんと腕を組んで歩いてみたい、ということだった。  クラスメートの進藤さんも山下さんも、旅先など夫婦で手をつないで歩いていたし、腕を組んで写真を撮ったりもしている。だが隆子さんは、本当に一度も、鈴木さんと外で手をつないだり、腕を組んだりしたことがなかったという。あるとき、桜が美しく咲き誇る光が丘公園で、隆子さんが私にこっそりと、 「今日は主人と腕を組んだ写真を撮ってもらえないかしら」  と耳打ちをした。私は、さりげない記念撮影を装い、二人が並んだ写真を何枚か撮ったあと、
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