第二十六章 鈴木實⑰

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 鈴木さんは、別れ際にはいつも、自らに言い聞かせるように言った。  平成十(一九九八)年二月、鈴木さんの体に異変が起きた。激痛が体を貫くように走り、手足が全く動かせなくなった。医師に診せたところでは、やはり昭和十六(一九四一)年八月の着陸事故で頚椎を折った後遺症であるらしかった。鈴木さんは痛みに顔をゆがめ、昼も夜もうなり続けた。ついには隆子さんに、 「酸素吸入器に火をつけてくれ」  とか、 「車椅子で運んで線路に置いてくれないか」  などと言うようにもなった。隆子さんは、 「そうですね、死ぬときは一緒に死にましょうね。でも、火をつけたり電車に轢かれたりすると皆さんにご迷惑ですから、私が歩けるようになったら、車椅子を押して一緒に海に飛び込みましょう」  と言ってなだめた。  激痛は四十日間にわたって続いた。鈴木さんは苦しい息の下で、 「俺は大勢の部下を死なせてきたから、その罰を受けてるんだ」  と言い、そう理解することでかろうじて苦痛に耐えているようであった。鈴木さんの脳裏にはいつも、戦死した列機の寺井良雄一飛曹をはじめとする部下たちの若い顔が浮かんでいた。
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