人魚であるはずないのに

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彼女と出会ったのは、水の中だった。 暑い真夏の昼休みに、友達四人とプールサイドで遊んでいたら、野球部の英彰吾(はなぶさしょうご)に勢いよく押されて、プールの中にどぼんと落ちた。最初は何が起こったかどうかわからず、知っているプールのはずなのに、苦しくもがいて上に上がろうとしたが、目の前で揺らめく黒い髪が目に入った。 女の子がゆっくりと水の中に沈んでいく。その優雅に水に漂う姿は、まるで、人魚のようだった。水の中で彼女の黒い瞳には、キラキラとした反射した水面が映って輝く。 じっと彼女のことを見つめていたいと思ったが、それよりも、俺の息のほうが長く続かなかった。 「……ぷっはあ」 「おい、和泉、大丈夫か?すぐに上がって来なかったから心配したぞ」 「ああ、先生呼んで、助けに来てもらわなきゃいけないかと思ったじゃんか」 「ほんとに焦ったぜ。ほら」 「あ、ああ」 彼らは、自分で助けに行こうとは思ってないのだろうなと思った。 俺と、友達との関係はそんなものだ。親友と呼べるものでもなく、ただのクラスに居るよく学校でつるむ連中ってだけだった。 学年一位の綿貫優成(わたぬきゆうせい)が俺に手を差し伸ばす。俺は、その手を掴んで、プールから上がって大きく息を吐いたら、綿貫が聞いてきた。 「お前もしかして泳げんの?」 「え、あ、いや、まあ、人並みには」 「なら、なんで、すぐに上がってこないんだよ」 「あ、それは……」 水の中で出会った女の子を思い出す。 だけど、それを彼らに言っても、どうせ冷やかされるだけだろう。それに、なぜかそのことは話したくはないとも思った。 俺が水底に落ちて出会った人魚のことは俺と彼女だけの秘密にしたかった。 「ん、なんだよ」 俺があまりにも話し出そうとしないから、綿貫の眉が険しくなる。 「あー、ちょっと、プールの底に落ちたスマホを取りに行ったんだよね」 そう言って、ポケットに入っていたスマホを取り出す。 出まかせを言ってみたが、スマホが水没して使えなくなっているのを見て彼らは、納得した。 「ありゃま、そりゃあ災難だったな」 「もとはと言えば、彰吾が押したからだろ」 「それはすまんすまん」 「また、お父さんに買ってもらえばいいじゃん」 眼鏡をした背が小さい舘石鴻四郎(たていしこうしろう)が、牛乳をズズーっと飲みながら言った。
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