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菜々美の高校の最寄り駅までは3駅分しか無く、所要時間は10分程度だ。オマケに快速だと1駅飛ばすので更に時間は短くなる。それでも彼女は入学式の一月後から、この一年間ずっと(朝練や試験前等で他の用事が無い時は)この6時5分発の次発電車の5両目、真ん中の扉に並び続けていた。
菜々美が彼の存在に気付いたのは偶々だった。高校から始まった初めての電車通学。その日も彼女はまだ慣れない満員電車に苦しめられていた。車掌さんからの「奥へお進みください」のアナウンスが聞こえない振りをして、入り口付近に陣取ろうとするサラリーマン達の壁。何とかして乗り込もうとする列の後ろの人々からの圧迫。運悪く人波に引っ張り込まれて見えないカバン。それを必死に握っている彼女の手は、奥に立っている会社員らしき若い女性の腰に当たっていた。チカンと勘違いされるのではなかろうかと思うような体勢だ。次の駅に着く直前の揺れで、菜々美は辛うじてカバンを自分の胸に抱きしめる事が出来た。扉が開いて息がつける一瞬で体勢を立て直す。つまり、次の駅で降りる為に身体を反転させておくのだ。自分の後方が男性にならない事を確認して向き直る。直後にまたググッと圧迫感が背中に押し寄せ、扉が閉まる。前の人に倒れ掛かりそうになるのを、何とか踏ん張って堪える。目の前の人は、ちょうど菜々美の顔より少し上の高さで本を読んでいた。
(この状態で器用だな。でも、良かった。)
掛けられた某書店のカバーを眺めながら彼女は考えた。学ラン姿だがカバンが違うので他校の生徒だろう。文庫本より大きいサイズの、結構厚めの本のお陰で顔が見えないのが幸いしている。面識のない同じ年頃の男女で、この密着状態のまま顔を突き合わせるのは何だか気恥ずかしい。
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