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電車の揺れに合わせて、車内全体が揺れる。揺れないで済むのは椅子に座っている人と、入り口のすぐ隣で壁にもたれる事の出来たラッキーな一部の人だけだ。そう、正に彼女の目の前で読書に耽る男子生徒の様に。つり革にも持ち手にも手を伸ばせず、足の力だけで必死に踏ん張りながら彼女は恨みがまし気にブックカバーを見上げる。そして、次の瞬間には慌てて俯いていた。菜々美が視線を上げるのと、男子生徒が頁を繰る為に本を動かしたのは同時だった。本の奥の目と視線が合った、かもしれない。それから1分と経たずに到着前のアナウンスが入る。菜々美は背中から勢い良くホームへ押し出され、そのまま流れに乗って階段を下りて行く。改札を通る直前までギュッとカバンを腕に抱きしめていた彼女は、自分の顔が物凄く熱くなっている事に気が付いた。それは人混みの中にいたからでも、急ぎ足で階段を駆け降りたからでも無い。理由は分かるけれど、分からなかった。ただ、学校への15分の道程でずっと菜々美の心臓は早鐘の様に打ち続けていた。その間彼女の頭にあったのはさっき見た光景、つまり本の奥に見えた男子生徒の顔だった。 (どうしてこんなにドキドキしているんだろう。) その言葉が、菜々美の頭の中で回り続ける。思い切り目が合ってしまった(かもしれない)から。そう思う。そしてそれが恥ずかしかった。それも間違い無いと思う。結局、更にその後に湧き上がって来る悶々とした気持ちが、彼女をその日一日中悩ませた。書店のブックカバー。添えられた男の人の指。黒い髪と瞳。まるでトラウマの様に何度もフラッシュバックする。その度、菜々美は自分の頬が熱くなるのを感じていた。
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