0人が本棚に入れています
本棚に追加
お忘れ物にご注意ください
(良かった、まだ余裕あった。)
菜々美は改札を通り抜けた所でホッと一息をついた。そこにタイミング良く時間を見ていたスマートフォンに通知が入る。
『改札出てすぐのベンチで待ってる。』
了解!今から電車乗ります、と返信してホームに立つ。
(流石に連続で遅刻したら、ヒロトでも怒るもんね。)
普段は温和な彼氏の不貞腐れる様子を想像して、菜々美の口元が綻ぶ。彼女の立っている乗り口の正面には、新しくなった自動販売機が並んでいる。2年程前に省エネタイプの自動販売機に切り替わったのだ。菜々美は今から6時5分の電車に乗る訳でも、2番線の電車に乗る訳でも無い。それでも気付けばこの1番線から、2番線の自動販売機が正面に見える位置に足を向けてしまう。ラッシュが終わった後のホームは人もまばらで、どこかのんびりした空気が流れている。菜々美は見るとも無しに、ぼんやりと2番ホームの様子を眺めた。エスカレーター付近は、先程3番線に着いた電車から降りた人達が集中してちょっとした混雑が起きている。その先にある休憩室では菜々美の母校の制服を着たカップルと、文庫本を広げるOL風の女性。最近塗り直されたばかりの駅名の看板は、何だか見慣れた景色からは浮いて見えた。看板に比べ大分馴染んで来た自動販売機のボタンはピカピカと点滅している。やがて菜々美の視線が、その隣にある乗り場に並ぶ人達に自然と流れる。と、彼女の頭上にあったマイクから電車の到着を告げるアナウンスとベルが響いた。そのけたたましい音に少し眉をひそめた菜々美の目の前に、電車が滑り込んでくる。彼女の前髪を勢いよく浮かせた後、何も無かった様な顔をして電車は止まった。ロボットみたいな音を立てて扉が開く。乗客が降りるのをもどかしい気持ちで待って、菜々美は電車に飛び乗る。
最初のコメントを投稿しよう!