エピローグ 狂い咲き

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エピローグ 狂い咲き

 春の悪戯  蜘蛛の巣かかった  アゲハチョウ  命の重さを計るは愚か  生き死には  回りまわって儚げに  散るは桜の美しさ  散って朽ちるは無に在らず  散らずに残るは  いとあさまし  人だかり。  サイレンの音。  あわただしくうごめく虫のようようでもあり、死骸にたかる蝿のごとき有様は、それが1000年前でも同じなのだろう。  泣き叫ぶことに疲れた若き娘は、文字通り放心状態である。  男を刺し殺した女は、満足げにその光景を眺めているようでもあり、憑き物が取れたとはこのようなことを言うのかもしれない。  女が長きに渡り押し殺していた感情は、最愛の人を殺してしまったという現実から逃避するための片道切符となった。  恨みでもなく、辛みでもなく、ただただ、そうしなければ何もかも失ってしまうような恐怖から開放され、その表情には笑み似た緊張からの開放が見て取れる。  しかし、物言わぬ男は語る。  春の悪戯  狂い咲いても麗しく  散れば散ったで物悲し  桜は桜  狂った季節の罪を問い  罰を受けるは我が身の痛み  夢見る蝶の悲しみも  主のいない蜘蛛の巣に  生きるも地獄と戯れに  枯れて朽ちるは  いとかなしかな  かなうならば  ともにまいらん  女は血を流して物言わぬ男と傍らに座り、首にかかったカメラを手に取る。  液晶に映し出された画像を見ては、呪詛のように繰り返す。  桜、女、桜、女、私は居ない  桜、女、桜、女、私は居ない  若い女は、耳を塞いでそれを拒む。  桜、女、桜、女、私はどこ  桜、女、桜、女、私はどこ  そして女は若い娘を見据えて言った。  私はずっと、あなたの中に居るから。  若い娘の中に、桜が狂い咲く  春も夏も秋も冬も  おわり
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