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「ちょっとぉー、待ってよー」
私はあの人の大きな背中に向かって声を掛ける
「もう、歩くの早すぎぃ!」
あの人は立ち止まり、振り返りながら言う
「あちこち、よそ見をしてるからさぁー、置いていくぞ」
「もう、意地悪」
彼の腕を掴み、思いっきり身体を寄せて甘えてみる
「よせよ、恥ずかしい」
あの人はポケットに手を突っ込んだままだ
私は下から見上げるようにしてあの人の顔を覗く
「いいじゃん、デートなんだから」
よく見ると彼の顎の下にそり残した髭が2~3本、明後日の方向を向いている
よぽど慌てて出てきたのね
いつもはきれいに剃っているのに
あの人といると、私はHappyにもBlueにもなれる
逢えるのはうれしい
でも、離れるのは悲しい
あの人といると、私は天使にも悪魔にもなれる
あの人を見守りたい
でも、少しだけ意地悪したい
おろしたてのお洋服も可愛い靴も
あの人に見て欲しいから
でも、本当に見てほしいのは……
「そんなにじろじろ見るなよ、恥ずかしい」
私は少し、すねてみる。
「せっかく新しいお洋服着て、可愛い靴を履いてきたのにさぁ、ぜんぜん褒めてくれなんだもの、つまんないわ」
そうじゃない
私が見てほしいのは……
「あっ、ああ、いいんじゃない、なんか春っぽくて」
あの人は鼻の頭を人差し指でこすりながら、視線を逸らす。
「それに、似合っているんじゃない。その髪型」
私のこと、ちゃんと見ていて欲しい
あなたの帰りを待つ、あの女(ひと)よりも
私はそり残した髭を指でなぞり、あの人の耳元で囁く
「あとで私がきちんと剃ってあげるわね」
あの人は小さな咳払いをしながら呟く
「しょうがないなぁ」
私の足取りは軽くなり、あの人を引っ張るようにして街の中へと消えていく
春の悪戯
夢見心地のアゲハチョウ
恋に恋する乙女心は
うたかたに舞い
ひらりひらひら花びらの
地に落ち朽ちて果てるとも
狂い咲いて夢一夜
思いを遂げて、なお狂わしい
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