3.蜘蛛の糸

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春めいてきたと思ったら急に雪が降ってくる この街はいつもそうだ 季節は移ろい、人の心もまた移ろいやすい 春は特にそうなのかもしれない いや、そうでないのかもしれない 妻に隠し事の一つや二つはある 妻が僕にそういうことがあるのかどうかはわからない あってもいいし、なくてもいい 僕は妻を愛している そこに偽りがあったことは一度もない 言の葉に載せてしまっては、それは正しく相手に伝わらない 愛していると言ったところでどれほど気持ちが伝わるというのか 僕はそういうものにすがるのも縛られるのも好まない そんな僕に妻はいつもやさしい いつも凛とした彼女は喩えるのなら枯れる事のない花であり 風が吹き荒もうが、雪が降ろうが散ることのない桜の花 その花は僕が望まない限り、散ることはない 美しく艶やかで、白く穏やかで、黒くしなやかで、紅く火照る そんな彼女に引け目を感じるようになったのはいつの頃からだったか 誰もがうらやむ美しい妻 僕はいつしか、その眩しさに耐えられなくなっていた 気を張り、気を配り、気を使ってそんな妻のふさわしい夫であろうとした いつしか僕は疲れてしまった それを察してなのか、妻は最近僕と距離をとるようになった 僕は少し解放された気分で、カメラ仲間と出かけたり、仕事仲間と飲んで遅くなることが多くなった そんなときに出会ったのが彼女だった 彼女とは歳が娘ほどに離れている いや、僕ら夫婦に子供はいない なんとなく娘とはこういうものかと、そんな接し方をしていた 僕自身、母を早くになくし、男手一人で育てられた身 妻と知り合うまで、まともに女性と付き合ったこともなかった 結婚してから何度か、仕事仲間とキャバクラや風俗に行ったことはあるがそういうこと以外で女性と接する機会はほとんどなかった 僕は知らず知らず、彼女に魅了されていた 彼女は積極的で活動的で感覚的だ それは僕にとって、ともて新鮮だった でもどうやら僕は大きな勘違いをしていたようだ 彼女は妻よりもオンナであった そして気付いたときには、後戻りできないところまで僕は着てしまったのだった  春の悪戯  胡蝶の夢も蜘蛛の糸  絡みとられて身動きとれず  浮雲流れ  ぐらりぐらぐら崩れ行く  地に足着かず藁をもすがり  たどり着いたら夢覚めて  思いわずらい、なおあさましい 
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