第一章 【二】

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 ふと、外から激しい音がした。それは事故ではなく、爆発を連想させた。窓を開け、外を覗くと、軍服を着た男が一人、迫り来る化物を撃退しながら逃げている。  肩にかけた大きな鞄から手榴弾を取り出し、化物の群れに投げる。化物の身体は爆散し、轟音が耳をつんざき、風圧が窓枠を揺らした。しかし後続の化物は、爆発など意に介さず、軍服の男に向かう。  佐藤は気づいた時には部屋を出て、階段を降っていた。幸運な事に、マンションに化物はまだ入っていなかった。オートロックが化物の侵入を防いでいたのだ。  佐藤がそこまで考えて行動したかと言えば、そうでは無い。軍服の男の逃げ道に化物の集団を発見し、反射的に身体が動いたのだ。助けたいと思ったのか、一人でいる事に耐えられなかったのかはわからない。それでも佐藤は軍服の男の元へ向かった。  しかし佐藤はこの行動を直ぐに後悔した。久しぶりに浴びる外の空気は暑く、うるさく、眩しく、火薬と、血の匂いが漂っていた。非日常的な火薬や血の匂いよりも、極々日常的な、気温や音、陽の光で我に返ってしまった。  正気に戻ってしまった佐藤は、緊張と混乱、化物を目の当たりにしての恐怖により、身体が拒 絶反応を起こした。彼の人間としての本能は軍服の男を助けようとここまで来たが、口から出たのは声ではなく胃液だった。 「なぁ、軍人さん…」  やっとの思いで振り絞った佐藤の声は、蚊の羽音の様に頼りなかった。騒々しい街の中で、それが軍服の男に届いたのはテレパシーといった類かもしれない。こちらに銃口が向いたが、すぐに佐藤の勇気は理解された。 「助けに来てくれたのかい。ありがとうよ。」  軍服の男は、今にも倒れそうな佐藤を抱え上げ、誘導されるまま三〇三号室まで駆け上がった。  佐藤は部屋に着くと、気を失った。
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