第一章 【一】

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   一、  強い陽射しを浴び、陽が長くなった事を実感する。街路樹でできる日陰が揺れ、爽やかな風が吹き抜けた。  五月一日。【笠原行人】は、施設近くのカフェでアイスロイヤルミルクティを飲みながら彼女を待った。時計を見てもまだ十五分しか経っていない。時間の流れが遅く感じるのだろうか。時計を何度も見る姿は、なんとも落ち着きがなかった。  笠原は人と仲良くなるのが得意な人間であったが、本当に心を開く人間は数える程しかいない。幼い時分より両親がいない彼は、人の顔色を伺う事に長けていた。時には自分を殺して、爽やかな『笠原』を演じる事が円滑な人間関係を築き、それが自分のためになる事を知っていた。また、それとは裏腹に情熱的な面もある。どこにでも一人はいる、何か催し物の際には人一倍熱中するタイプの人間だ。  達観している自分と情熱的な自分、思春期には自身が二人いるような感覚に悩む事もあったが、二人のバランスによって笠原行人という人間は成り立っていた。  そんな笠原が、ここ数日は食事も喉を通らない感情に悩まされている。同じ施設で育ち、同じ職場に勤めている女性に恋をしたのだ。笠原にとって、これが初恋であった。  友人にも恵まれ、人並みの青春時代を送った笠原は、女性に告白され交際する事もあったが、いまいち長続きしない。他人を分析する癖がついているため、人間関係においてはどこか冷めており、愛情という感情に疎いせいだと本人は思っている。この癖のおかげである程度の人間関係を築くのは容易であったが、恋だの愛だのに燃える事は無縁だと思っていた。だがしかし、いや、だからこそと言うべきか。幼い頃より家族の同然に育ち、演じる事なく、心を開けるその女性を慕うのは、当然の事だったのかもしれない。
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