第一章 【二】

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 しかし、【五月一日】、それは一変する。  自堕落な生活が身についている佐藤は、正午などとうに過ぎた時間に目覚める。この日は午後四時頃に目が覚めた。いや、正確に言うと騒々しい音によって起こされた。  睡眠を妨害されて苛立ちつつも、まずは顔を洗い、歯磨きをする。いつもの寝起きのルーティーンこなしつつ、窓のブラインド越しに外を覗いた。外では交通事故が多発していた。  最初は、こんな身近で何件もの交通事故を見られるとは良い経験だと思った。しかし、口を(ゆす)いで戻って来ると、それがただの交通事故では無い事がわかった。  人らしきモノが人を襲っている。血だらけで、片腕が辛うじてぶら下がっている、医者じゃあなくても手遅れとわかる状態の【ソレ】が、車から降りてきた人や、助けに来た人を襲っている。ソレは首筋に噛みつき、人を喰らおうとしている様に見えた。  余りにも非日常的な光景は、佐藤から思考を奪い、しばらくの間、呼吸すら忘れて立ち尽くした。  また、新たな交通事故が起こった。その音で我に返った佐藤は、余分につけておいたドアの鍵をかけ、レジスタンスのサイトを開いた。いつも決まって三、四人はいる筈なのに、今日に限って誰もいない。被害にあったのか、それとも通信環境に不具合が出たのか、それはわからない。佐藤は自作のアンテナが機能したためにアクセスできたが、かえってそれは不安を煽る結果となった。  部屋の片隅で震えながら、ラジオで雑音を流している。まともな音声が聞こえるチャンネルはないが、何も音が無いと外の悲鳴で気が狂いそうだった。  それでも必死に今の状況を整理しようとするものの、とてもじゃあないがまとまらない。この二週間で備えた道具を何度も確認し、外からは入れないように、中には人間がいると感づかれないように、何度も何度も確認した。それが精一杯だった。  マンションの中は外とは別世界の如く静かだ。部屋から出ないいつもの佐藤ならば、近隣の住民の生死など、養豚場の豚の未来の様に「どうでも良い」と吐き棄てるだろうが、この時ばかりは誰かいて欲しいと願った。もし生きているなら、この不安を分かち合いたかった。
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